本州が梅雨で不快な思いをする頃、
蝦夷の箱館はからりと晴れ、爽やかな風が吹いていた。




この季節の蝦夷には珍しく、日中は真夏日を記録。
暑さに参ったの四人は、
涼を求めて久しぶりに倶楽部五稜郭を訪れた。




「そち等が中々来ないから、心配していたのだ。息災で何よりだ。」
ドアを開けると、四人の……いやの来店を心待ちにしていた容保が、
珍しく出迎えてくれ、嬉しそうに微笑むと、をエスコートし一番奥のテーブルへと案内した。
「やぁ待っていたよ私の可愛い天使!」
後ろから声をかけられ、漂う桜色の雰囲気に恐る恐る振り向けば、
榎本が容保に負けないくらいの満面の笑みで三人を…いや、を迎えると、
これまた手を差し伸べ容保とは反対の奥のテーブルへと案内する。



「気のせいかな…。容保さんも榎本さんも、いつもより異常なテンションの気がするんだけど…」
「やっぱりさんも、そう思います?」



の会話を聞いていた山崎が、くすりと笑って手招きした。


「今日はね〜あの二人にとって特別な日だから、
ちょっと気合い入っちゃってんのよね。まぁ大目に見てやって頂戴。」
そういってウインクを投げかけると、カウンターに山崎オススメのカクテルを出した。
「これはアタシのお・ご・り♪」
「え………?」
山崎からの奢りとは、色々な意味で怪しい。
口にしていいものか分からず、疑いの目を向けると、
その視線に気付いた山崎が息を吐きながら答えた。
「嫌ねぇ。何も入ってないわよ。ただ、それを飲みながら、
武ちゃんと容ちゃんの事を見守ってくれるだけでいいの。」
「そういう事なら…」
二人は安心して、グラスに口を付ける。
「これ美味しいですね。」
「そりゃあそうよ。アタシが二人をイメージして作ったんだから。」
山崎は得意げになって、胸をポンと叩いた。
ちゃんが飲んでるのが前川邸で、ちゃんが飲んでるのが散薬。
我ながらいい勘してるでしょ?」
カクテルの名前に、思わず吹き出しそうになった二人であったが、
山崎に反論しても更に深みに嵌ると思い、大人しくそれを飲んでいた。









容保のテーブルでは、傍に長い包みを抱えた近藤が控えていた。
「しばらくそちに会えなくて寂しかったぞ。」
「すみません、ちょっと忙しかった物ですから…」
容保は口を付けたグラスに視線を落とすと、グラスをクルクルと回しながら話し始めた。
「そちが来ぬ間に、そちの誕生日が過ぎてしまったではないか。」
「え、覚えてて下さったんですか?」
は容保が自分の誕生日を覚えていた事に驚くが、その後の容保の言葉に更に驚いた。
「てっきり店に来てくれると思い、あの日は祝う準備をしておったのだ。」
「そうだったんですか。申し訳ない事をしました。」


すると、容保は近藤に合図を送る。
近藤は失礼します、と一言述べ頭を下げると、長い包みをに手渡した。
「それは、誕生日の贈り物として、そちに渡そうと思っていたものだ。」
渡された包みに、何やらカードが添えられている。


「これは………」







紛れもなく、に永久指名をして欲しいという願いを込めたカードだ。
「誰にでも渡しているのではないぞ。そちだからこそ、渡そうと決めたのだ。」
そして渡した包みを開けるように促す。
長い包みを膝に乗せゆっくりと開いていくと、中から白い布が表れた。
取り出してよく見てみると、それは布ではなく、着物…それも白無垢であった。
「こ、これ…」
動揺するの手を取ると、容保は真剣な眼差しを向けた。
「余はいずれ会津に帰ることになると思う。その時そちにも来てもらいたいと思うのだ。」
「えぇ!?」



それじゃ永久指名じゃなくて永久就職じゃないか!?
とカウンターに居るは思ったが、二人でこっそりカウンターで
突っ込むだけに留め、事態を見守っていた。











その頃反対のテーブルでは、これまた寂しさを募らせた榎本がと向かい合っている。
「今日来てくれてよかったよ。君の誕生日だったね。」
よく覚えて…と言いかけて、は一年前のこの日の事を思い出した。
あの日は確か、有無を言わさず山崎に連れて行かれ、浴衣を着せられたのだ。
「昨年の事は、私も少々やり過ぎたと反省しているんだ。君の承諾も得ず、
無理強いするのは紳士のする事じゃない。」
ちょっと視線を落とし、申し訳なさそうな榎本に、は慌てた。
「あの、そんなに落ち込まないで下さい。もう気にしてませんから…。」
「君は優しいんだね。」
少しだけ気を持ちなおしたのか、僅かだが榎本に笑みが戻った。




「今日はこれを渡したかったんだ。」
そう言って榎本は、オレンジ系の包装紙で可愛らしくラッピングされた小さな箱と、
一緒にカードを添えての前に差し出した。
「受け取ってもらえるかな?迷惑であればこの場で断ってくれても構わない。」
いつもお茶目におどけてみせる榎本と違い、その時は真摯だった。
は差し出されたカードを読んだ。







「これって……」
「私を永久指名してくれるのなら受け取って欲しい。
もし他に指名したい男が居るのなら、私は潔く身を引くよ。」



ここまで一途に想いを寄せてくれる人を無碍に出来るだろうか。
「受け取らせてもらいます。」
は榎本の手からカードと箱を受け取った。
と同時に、榎本の身体から力が抜け、みるみる崩れていく。
「榎本さん!?」
「いや〜これほど緊張した事はないよ。箱館総攻撃と同じ位心臓に悪い。」
苦笑混じりに榎本が呟いた。
「この位でそんなこと言ってたら、心臓が幾つあっても足りないですよ。」
「ははは、全くだ。」
そのテーブルは誰にも邪魔する事の出来ない、優しいオーラに包まれていた。




「どうやら上手くいったみたいね。」
「殿もヒゲもやりますね。」
「これで一安心ってとこか。」
山崎、の三人は、ホッと胸を撫で下ろした。


「引きとめちゃって御免ね。本当はトシちゃんや敬ちゃんに会いたかったでしょ?」

「いえ、別にいいですよ。」

「生憎、トシちゃんは出資会社のお偉いさん達と会合中でね、
敬ちゃんはちょっと体調が悪くて、二人とも今日は店に出られない状態なのよ。」
「そう……だったんですか。」
は、ちょっとホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちを覚えた。
は山崎の言葉が気になり、落ち着かなくなっていた。


「敬ちゃんの家に行ってみる?案内するわよ。」

意味深なウインクを投げかけられ、はたじろいだ。
「いっ……いいです!」


「そう?じゃあ、次に来たときには今日の分も、
う〜んと尽くす様にトシちゃんと敬ちゃんに言っておくわね。」
「言わなくて結構です!」


慌てて否定しながらも、何処となく不安を感じるであった。












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